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新潟地方裁判所高田支部 平成9年(ワ)44号 判決

新潟県中頸城郡〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

味岡申宰

東京都中央区〈以下省略〉

被告

西友商事株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

相澤建志

神川洋一

主文

一  被告は原告に対し、三五五万〇一〇三円及びこれに対する平成九年五月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

一  請求の趣旨及び原因

原告は平成六年一二月七日から平成七年四月一七日まで、別紙コーン取引一覧表及びゴム取引一覧表記載のとおり、被告を受託者として自己名義及びB名義で商品先物取引(本件取引)を行い、合計三一五万〇一〇三円の損失を被った(この事実は争いがない)。

原告は被告の従業員の違法な勧誘行為により前記の損失を被ったものであり、被告は民法七一五条により原告に生じた損害を賠償する責任がある。原告が本件取引により被った損害は前記三一五万〇一〇三円と弁護士費用四〇万円の合計三五五万〇一〇三円である。

よって、主文と同一の判決を求める。

二  被告の主張

本件取引に当たり、被告の従業員は違法な勧誘行為は行っていない。

原告は商品取引が損害発生の危険性を伴う取引であることを充分に認識して本件取引を行っており、少なくとも、途中からはこれを充分に認識していたものであり、特に、B名義の取引に至っては相当の損害を受けた後に行っているから、仮に、本件取引について被告に何らかの責任があるとしても、過失相殺をすべきである。

三  判断

当裁判所は、①原告は商品先物取引の仕組みについて、損が生じることがある程度のことは認識してはいたものの、初歩的な知識のないまま、かつ、被告の従業員からの初歩的な説明のないまま、本件取引を開始したこと、②その後も、原告は商品先物取引の初歩的な知識を取得せず、かつ、被告の従業員からの説明も受けないまま本件取引を継続したこと、③被告の従業員は原告が商品先物取引の初歩的な知識を有していないことを充分に認識しながら、原告の利益を考慮せずに、より多額の手数料を得る目的で、原告に対して本件取引の勧誘をしたことから、本件取引に関する被告の従業員の勧誘行為は違法なものであったと認める。その理由は以下のとおりである。

1  コーン取引経過一覧表

本件取引における各建玉の決済状況は別紙コーン取引一覧表及びゴム取引一覧表記載のとおりであるが、その内、コーン取引に関し各建玉毎ではなく取引が行われた日毎にまとめたものが、別紙コーン取引経過一覧表である。

この内、平成七年一月二五日までの取引はCが、同月二七日から同年三月初旬ころまでの取引はDが担当していた(証人D四項)。

2  利益が出ている状況での両建

別紙コーン取引経過一覧表記載のとおり、平成六年一二月九日、買建玉二〇枚の内、一〇枚を仕切って、売建玉一〇枚を建て(これは「途転」に該当するがそのことはしばらく措く)、その結果、売買各一〇枚の両建となっている。また、同様に、同月二一日にも売建玉が二〇枚建てられて、各二〇枚の両建となっている。

両建は建玉に損失が生じた場合に利用されることのある手法である(その問題性についてはしばらく措く)。しかし、利益の生じている状況下では委託者にとっては害があるのみで、有益な意義を全く有しないものである。即ち、両建をするとその時点で二倍の手数料を要して損益が確定することとなる。委託者が利益を確定させたいのであればその時点で仕切れば、両建の場合の半額の手数料で済むものであり、その他、両建にする意義は何ら見いだせない。このことは、商品先物取引について初歩的な知識があれば、容易に理解できることであり、専門家である被告の従業員は当然に認識しているというほかない。他方、被告のような受託者にとっては両建は手数料が二倍になるもので利益なものである。利益が出ている状況での両建は原告のような委託者にとっては何らの意義も見いだせない有害無益なものである。仮に、利益が出ている状況で委託者から両建を指示された場合には、被告のような受託者の従業員は無意味であるからやめるようにアドバイスをすべきであり、逆に、アドバイスもせずに指示を受けたり、受託者側から利益が出ている状況で両建を勧誘することは委託者の一方的な不利益の下に受託者の利益を図る行為として違法なものと解するのが相当である。

別紙コーン取引一覧表記載のとおり、平成六年一二月九日当初に建てられていた二〇枚の買建玉の買値は、内一〇枚が一万三四二〇円、残り一〇枚が一万三六八〇円であり、同日仕切った一〇枚の売値と同日新たに建てた売建玉の売値は一万三九七〇円である。同日の両建は利益が出ている状況での両建である。

また、同様に、同月二一日に存在した二〇枚の買建玉は同月七日及び一五日にいずれも買値一万三四二〇円で建てたものであり、同月二一日に建てられた二〇枚の売建玉の売値は一万三四八〇円である。同日の両建も利益が出ている状況での両建である。

右のように二回も利益の出ている状況で両建をしていることから、原告は平成六年一二月二一日の時点で商品先物取引について初歩的な知識を有していなかったと認められる。また、そのことから、少なくとも、原告は本件取引を開始する以前から平成六年一二月二一日まで、被告の従業員から商品先物取引についての初歩的な説明すら受けなかったものと認められる。

また、後記3記載のとおり、右二回の両建は原告が指示したものではなく、Cが勧誘行為をした結果行われたものと認めるところ、商品先物取引について初歩的以上の知識を有している者に対し、利益の出ている状況での両建取引を勧誘すれば相手方から不信感を抱かれるのは明らかであるから、相手方が初歩的な知識がないとの確信がなければ勧められないものというべきである。Cは二回にわたり、利益の出ている状況での両建を勧誘しており、原告が商品先物取引について初歩的な知識すら有していないことを充分に認識していたものと認められる。

原告が商品先物取引について初歩的な知識を有していないことを認識しながら利益の出ている状況での両建を勧誘したCの勧誘行為は違法なものである。

3  両建した建玉を同一日、同一価格で同一枚数を仕切る

別紙コーン取引経過一覧表記載のとおり、平成七年一月一七日に買建玉を二七枚建てて、売買各二七枚の両建となっている。そして、別紙コーン取引一覧表記載のとおり、同日の当初に建てられていた二七枚の売建玉の内の二〇枚は平成六年一二月二一日に売値一万三四八〇円で建てられたものであり、内七枚は平成七年一月一三日に売値一万三八八〇円で建てられたもので、同月一七日に建てられた買建玉の買値一万三九八〇円を基に計算すると同日の時点で右二七枚の売建玉は手数料を除いても合計一〇七万〇〇〇〇円の損失が生じていた。

(13,980-13,480)×20×100+(13,980-13,880)×7×100=1,070,000

他方、別紙コーン取引経過一覧表記載のとおり、同月二三日、右各二七枚の建玉の内の各一六枚が買値、売値ともに一万三七七〇円で仕切られている。

損失が生じている状態での両建の違法性についての判断は暫く措くとしても、両建をした建玉を同一日に同一価格で同一枚数を仕切る行為は原告のような委託者にとっては、両建の時点で一旦確定させた損失を二倍の手数料で現実化させるもので、両建を無意味なものにさせる有害無益なものである。このような取引を勧誘する行為は違法なものと解される。

商品先物取引の初歩的な知識があれば、両建した建玉を同一日に同一価格で同一枚数を仕切ることが委託者にとって有害無益であることを容易に理解できるものというべきである。したがって、原告は平成七年一月二三日の時点でも商品先物取引について初歩的な知識すら有しておらず、また、被告の従業員はその時点まで原告に対して商品先物取引について初歩的な説明もしていなかったものと認める。そして、このように、取引開始から四〇日以上も経過した時点でも初歩的な知識すら有していない原告が自らの発案で本件取引を行っていたとは考えられないから、少なくとも、平成七年一月二三日までの取引はCの勧誘行為により行われていたと認めるのが相当である。

また、前記2記載と同様の理由で、平成七年一月二三日の時点で原告が商品先物取引について初歩的な知識すら有していないことを充分に認識しながら、Cは両建についての初歩的な説明をせずに同日の売買各一六枚の同一価格での仕切を勧誘したものと認められ、違法なものである。

4  説明のないままの両建の勧誘

別紙コーン取引経過一覧表記載のとおり、平成七年一月一七日に買建玉が二七枚建てられて、売買各二七枚の両建となっている。この両建は前記3記載のとおり、両建についての初歩的な説明すらされない状況でのCの勧誘行為により行われたものである。

損失が生じている状態での両建は全く無意味なものではないが、両建の時点で二倍の手数料を持って損失を確定させるものであるから、以後、限月が到来するまでの間に増加した手数料の額を考慮しながら、適宜、建玉を仕切っていく必要が生じるもので、両建した以外の取引と比較して細心の注意を必要とするものである。商品先物取引について初歩的な知識すら有していない者に対して勧誘するのは相当ではない。そして、両建により被告のような受託者は二倍の手数料が得られることも考慮すれば、原告のような商品先物取引について初歩的な知識すら有していない者に対しては、両建についての充分な説明なしの勧誘行為は委託者の利益を考慮せずに専らより多額の手数料を得る目的で行われる違法なものと解すべきである。

平成七年一月一七日の売買各二七枚の両建に関するCの勧誘行為は違法なものである。

5  頻繁な取引勧誘行為

商品先物取引は投機性の高い取引であり、取引を開始したばかりの者に対して、頻繁な取引を勧誘する行為は相当ではなく、特に、初歩的な知識すら有していない者に対して、初歩的な説明もせずに頻繁な取引を勧誘する行為は相手方の無知に乗じてより多額の手数料を得ようとするものと解され、原則として違法なものというべきである。

Cが担当していた平成六年一二月七日から平成七年一月二五日までの五〇日間の本件取引の建玉数は別紙コーン取引経過一覧表及びゴム取引一覧表記載のとおり、コーンの買建玉五七枚、売建玉四七枚、ゴムの買建玉一〇枚の合計一一四枚であり、一日平均二・二八枚となる。商品先物取引について初歩的な知識すら有していない原告の取引としては決して少ないとはいえない。そして、前記3記載のとおり、本件取引が開始されてから四二日目の平成七年一月一七日の当初の時点での建玉に一〇〇万円を超える損失が生じていることも考慮すると、原告のような商品先物取引について初歩的な知識を有していない者に対するものとしては、Cの勧誘行為は頻繁なものと評価してよいと考える。

次いで、Dの勧誘行為についてみると、Dが勧誘したことが明らかな平成七年一月二七日から同年二月二三日までの二八日間の建玉数は別紙コーン取引経過一覧表記載のとおり、買建玉九五枚、売建玉四八枚の合計一四三枚であり、一日平均五・一一枚(小数点三位以下四捨五入)となる。前記Cが担当した期間と比較すると一日平均で二・二四倍(前同)となっており、原告のような商品先物取引について初歩的な知識を有していない者に対するものとしては、頻繁な取引の勧誘と評価できる。特に、Dの担当した取引を見てみると、別紙コーン取引経過一覧表記載のとおり、①平成七年二月七日に二四枚の売建玉が建てられ、三日後の同月一〇日に全部が仕切られ、②同日に二七枚の買建玉が建てられ、三日後の同月一三日に全部が仕切られ、③同日に二四枚の売建玉が建てられ、七日後の同月二〇日に全部が仕切られ、④同日に二〇枚の買建玉が建てられ、三日後の同月二三日に全部が仕切られている。短期間に次々と玉が建てられては仕切られており、頻繁な取引というほかない。

そして、前記2ないし4及び後記6記載の事情も合わせ考慮すれば、C及びDは、商品先物取引について初歩的な知識を有していない原告の無知に乗じてより多額の手数料を得る目的で、頻繁な取引の勧誘行為をしていたものと認めるのが相当であり、その勧誘行為は違法なものである。

6  途転、買い直し等の「特定取引」の占める割合の異常性

①既存の建玉を仕切ったうえで同一日に同一方向の建玉をする「買い直し」又は「売り直し」、②既存の建玉を仕切ったうえで、同一日に反対の建玉をする「途転」、③建玉を同一日に仕切る「日計」、④「両建」、⑤取引により利益は生じたが利益の額が手数料の額よりも少ない「不抜け」(以上を合わせて「特定取引」という。甲五三参照)は、受託者がより多額の手数料を得る目的で勧誘行為が行われることが少なくないものであり、「特定取引」の全取引に占める割合の高い取引の勧誘行為は、もっぱらより多額の手数料を得る目的で行われた違法なものと推定して差し支えないものというべきであり、その割合が異常に高いものは、いわゆる「客殺し」に該当する違法なものというべきである。

これを本件取引の内のコーン取引、売建玉九九枚、買建玉一五六枚の合計二五五枚についてみると、別紙コーン取引経過一覧表記載のとおり、次のとおりとなる。

(一) 買い直し及び売り直し 合計二一枚

①  平成七年二月二三日の買建玉二三枚の内の二〇枚(残り三枚は途転である)

②  同年三月二七日の買建玉一枚

(二) 途転 合計一四二枚

①  平成六年一二月九日の売建玉一〇枚(これは両建でもある)

②  同月一五日の買建玉一〇枚

③  平成七年一月二五日の売建玉一〇枚

④  同年二月三日の買建玉一〇枚

⑤  同月七日の売建玉二四枚

⑥  同月一〇日の買建玉二七枚の内の二四枚

⑦  同月一三日の売建玉二四枚

⑧  同月二〇日の買建玉二〇枚

⑨  同月二三日の買建玉の内の三枚(前記(一)①)

⑩  同年三月八日の売建玉三枚(これは両建でもある)

⑪  同月九日の買建玉三枚

⑫  同月一四日の売建玉一枚

(三) 両建 合計六〇枚

①  平成六年一二月九日の売建玉一〇枚(前記(二)①)

②  同月二一日の売建玉二〇枚

③  平成七年一月一七日の買建玉二七枚

④  同年三月八日の売建玉三枚(前記(二)⑩)

以上によれば、本件取引中の「特定取引」に該当する建玉は重複分を差し引いて合計二一〇枚となり、総建玉数二五五枚に対して八二・三五パーセント(小数点三位以下四捨五入)の割合を占めている。この割合は異常に高いものというほかない。そして、原告が商品先物取引について初歩的な知識すら有していないことを考慮すると、本件取引における勧誘行為は「客殺し」に該当する違法なものと評価して差し支えないものと考える。

なお、別紙コーン取引経過一覧表及びゴム取引一覧表記載のとおり、平成七年一月一三日にゴムの買建玉五枚が仕切られて、同日、コーンの売建玉七枚が建てられている。これは厳密な意味では「買い直し」または「売り直し」あるいは「途転」に該当しないが、これらに準ずる問題のある取引である。

7  まとめ

前記2ないし6記載のとおり、本件取引の内、コーン取引はより多額の手数料を得る目的で商品先物取引について初歩的な知識すら有しない原告に対し、初歩的な説明すらしないでなされた勧誘行為(本件取引中に被告の従業員が商品先物取引について初歩的なものにせよしたと認めるに足る証拠はない)によってされた違法なものであり、不法行為に該当する。また、原告名義でのゴム取引については担当者はCであり、コーン取引と同様に違法なものと認めるのが相当である。

また、B名義でのゴム取引についても、原告が商品先物取引について初歩的な知識すら有しておらず、C及びDら被告の従業員の問題ある勧誘行為にしたがって取引を行っていたことは、同一会社に勤める専門家である被告の従業員において容易に認識できたはずであるから、C及びDと同様の目的で勧誘行為をしたものと認めるのが相当であり、やはり違法なものというべきである。

なお、原告は商品先物取引について損をすることもあるということは認識していたとしても、初歩的な知識すら有しておらず、被告の従業員はそのことを認識しながら初歩的な説明すらせずに本件取引を継続しており、本件取引により生じた損害について過失相殺をする理由はない。

そして、原告に生じた損害は本件取引により生じた損失三一五万〇一〇三円と弁護士費用であるが、弁護士費用としては四〇万円が相当であるから、本訴請求は全て理由がある。

(裁判官 加藤就一)

〈以下省略〉

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